一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

二軒目の就職先

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二軒目の就職先

 又、運が良いと言うか、丁度この頃より太陽商事に出入りしていたブローカの一人で、北一条東五丁目で理容店を経営していた後藤民蔵と言う方に、「近々、北二条東二丁に新しく店舗(二葉理容所)を開店するので来ないか」と誘われて居りましたので、太陽商事が倒産して直ぐにそこに面接に行き、採用される事に成りました。

 前の店は、株式会社でしたので失業保険を掛けてくれていたので、こっそり失業保険を戴きながら働く事に致しました。(本当はいけない事なのですが)前と同じに給料は全部家に入れ借金の支払いに当てておりました。

 今度のお店では、お給料を上げてもらい一万二千円も頂きました。始めは未だ二葉理容所は開店していなかったため私は本店の後藤理容所で暫く働き、其の店は理容いす五台あり奥さんと娘さんの職人三人が働いていました。
其処で私は技術や経営方針等を学んでから、二葉理容所へ勤務いたしました。

二葉理容室

 この二葉理容所は、理髪椅子三台で男子理容師と女子理容師さん一人ずつ居り、私がそこに入り三人に成ったわけでしたが、たまにしかご主人が来ない性も有りあまり二人の従業員は一生懸命では無くいい加減にやって居る様な状態で、技術も余り上手とは言えない様でした。

仕事風景

 暫くしてから私が朝出勤をしたところ二人の従業員が前の日からこの店に泊まり、宜しくやって居るではありませんか・・・・、私は唖然と致しました。(男子理容師には奥さんがおり女子理容師にも旦那がいると聞いていました。)

 その後、二人は駆け落ちをしたらしく店に来なくなり、暫くの間は私とご主人の二人でやっておりましたが、本店より橋本君(通称デン助)が移って来られ又もう一人鈴木君と言う古平出身の人が入り、同年代が三人と成りましたので毎日が楽しく働く事ができました。

 又暫くしてから通称マー坊と言う後藤さんのいちばん下の子供さんも入店し、お客さんも沢山付きまして、益々充実した日々をおくることができました。

 其の中には変わった人も居りまして、男なのに料理は得意お花・お琴等何でも器用にこなされて一度家に招待されご馳走になったことが有りますが、部屋は綺麗にされて居ており三味線等も飾られていました。

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