一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

亘の誕生

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亘の誕生

 今度は妊娠中毒症には成らずに、普通のお産を致しました。(三千二百グラム有り割と安産でした)昭和四十七年三月三○日、家内は絶対に女の子が欲しいと思って居た性も有り、生まれた時、看護婦が「おめでとう、男のお子さんですよ」と言ってくれましたが、家内は返事もせず、おもしろくない顔をして居りましたので、看護婦も変な顔をしていました。

 この子は、私の同じ誕生日位に生まれる様にと思っておりましたが、少し早い三月三○日の出産でした。

 名前は明宏が、「わたるちゃんと言う名前が良い」と言うので、色々字画を調べ(亘)にしました。偶然、私の日人と同じ字画で、しかも日が真ん中に入っており星座も牡羊座で同じでした。

 だからと言って、私の人生と同じだと言うことではないて思いますが・・・・。少しでも、良い子に育って、私の良い所を遺伝して欲しいものだと願っておりました。

 家内も始めは、男の子でおもしろくない様でしたが(女の人が数え年三十三才いわゆる厄年の時に出来た男の子は大物に成ると言う諺が有る)と誰かからか聞いて「本当にそうなら良いが」と喜んで居ましたので、私は勝手な物だと思いました。

亘の幽霊騒動

 亘が三才に成った頃、毎日のように夜泣きをする様に成りました。夜泣きは明宏の時も有りましたのであまり気にしては居なかったのですが段々凄く成り終いには、気が狂ったのではないかと思う位激しく泣きだし、一点を指差し「お化け(幽霊)がそこに居る」と気違い目と言うか凄く怯える様になりました。

 それも毎日、同じ時間帯になると発作のように起き出したのです。私もこのまま放って置くと大変な事に成のではと思い病院に連れて行ったのですが病院の先生は「丁度色々と物心が付きテレビ等の影響で網膜に恐ろしい場面が焼き付き寝ている間に、夢として現れ現実との区別が付かなく成って泣くのではないか」と言い「今晩はゆっくり寝ますよ」と眠り薬をくれたのでずが、やはり同じ時間に成ると何時もの様に泣きわめく始末でした。

 それで、私も刃物を使う商売ですし、寝不足気味が一番応えますので、今度は神や仏・占いでもと思い、市の何でも相談とか、電話での広告とかに乗っている所を片端から訪問し相談して見ましたが、治るところか益々激しくなるばかりでした。

 最初は、夜中だけだった発作が昼間でも起き、時間も段々短縮して来る様に成って来ました。此のままだと本当に精神病に成るのではないかと思いましたが、ふと私が詩吟を習っている中間(川崎さん)のお姉さんが祈祷詞、称神様をしていた事を思い出し、川崎さんに電話で相談をしてみました。

 川崎さんは早速お柿さん(荒木さん)に連絡を取ってくれましたが、今の所荒木さんの身体が悪く寝ているので「お払い等は出来ないが病院で言う所のトンプクみたいな事をして止めてあげる」と言われ、「私と家内の生年月日と名前・亘の生年月目と名前そして私と家内の両親の生年月目と名前を教えなさい」と言われ連格致しました。

 そうすると直ぐに連絡が有り、家内にしか判らない「兄弟の事(事故で亡くなった兄貴の事)とか明宏の双子の兄弟(双子で亡くなった方)の水子の霊が災いしている」と言われ、「お払いをしておいたので今夜からは起きない」とも言われた。

 信じては居りませんでしたが、その晩は親戚に遊びに行く事に成っておりました。(この時分は中村の義和・芳幸・徳美の三兄弟が其々家を建てて発寒に住んでおりその子供達が皆集まっていた)この時も、発作の起きる時間帯で、そろそろ始まると思っておりましたが、全然起きず、一寸ぴくりとした位でおさまりました。

 これはきっと、同年代の子が集り騒いでいた性だと思っていたのでずが、次の日も、おなじ時間に成るとやはり(びくっ)とする位で治まる様になって参りました。

 その後、暮れに成り、店も忙しくなり忘れて居ましたがお正月が過ぎたころ、一月の半ば
ころに成るとまた少しずつ出てきました。それでまた電話しまししたところ「やはりまた出ましてか、あれはトンプク見たいなものですので本格的にお払いをしなくてはいけない」と言われ真駒内の荒木宅に行くことになりました。(此の頃、荒木さんはだいぶ元気に成られ祈祷を再開しておられました。)

 初めて見る荒木宅は普通の住宅の二階を改造し、二十畳間位の広さが有り、全面に祭壇を祭り果物お花お酒等の授け物が一杯でした。祭壇は人が載る事が出来、そこに天照大神の掛け軸・三宝・競・賽銭箱・大太鼓が飾って有りました。そして、其処にお弟子さんが五人と信者が二十人位集まって居ました。私は荒木さんとは詩吟で一緒だったので、特別待遇と言うか大変親しくして戴きました。

 この時、初めて水子の夢の恐ろしさを教えて頂き、通夜から始り葬式迄の四十九日の儀式を行い供養をしなければいけないと言われました。そして毎週一回ずつ全部で七回お参りをして、最後には七種類の野菜とお頭(鯛等の魚)とお酒を揚げ葬式を完了し、その結果亘の発作は完全に治りました。(世の中には不思議なことが有るものなのですね)

 それからはそのような事は一切起き無く成り、普通の子に成長していきました。私も其れからは信者に成った訳でも有りませんが、興味も有り又お礼と言う事も含めて毎月行われて居た月例祭に必ず参加する様に心がけ出かけ、行ってお参りをする様に成りました。

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亘の成長

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