一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

定時制高校での生活

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定時制高校での生活

 最初の頃は勉強も中学の復習見たいな物だと馬鹿にして授業もまともに聞いていなくノートにも書かずにいた性で数学等は特に分からなくなってきました。

 又担任の先生が数学の先生でしたが何かで誰かが騒いだりしたり、悪い事をすると皆、私の性にして叱られてばかり居たので、益々数学が嫌いに成り成績も中学から見るとかなり悪く成ってしまいました。

 共れでも部活の方は面白く音楽と体育は成績は良かったし又、国語の先生は私共の店のお得意さんでしたので自然と成績も良く付けてくれたので助かりました。

 相変わらず英語は駄目で、当時参考書等は無く、中学の時から受験勉強などは図書館で参考資料を見ながら勉強したもので、高校生に成ってからも度々お世話に成りました。其れで何とか英語も3の成績で済ます事が出来ました。

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 私のクラスに北辰中学の同期は横田君(道南パスの部品下請け会仕)・脇君(舟見町の実家の傍の人)・鈴木君(楢崎造船所)等、男子ばかりでしたが私が伸良くして居たのは主に横田君で、当時彼には度々食堂でご馳走して貰っていました。

 後は、輪西から通学していた庄司君や二つ上の商橋先輩や本間先輩、女子は対馬さんと長い間お付き合いさせて頂きました。二年生で横田君は学校を辞めましたが、其の他にも相当二年間で辞めた生徒さん達も多かったですが、矢張り、働き心がら学ぷと云う事は大変な事ですね。

 私が住んでいた兄の店は、栄商校通学道路に面して居りましたので、毎朝、通学して来る生徒の八十パーセント位の人は、栄商校だと思いますが、午前八時半頃には、道路も満員であふれる位の入の数です。

 その人達の大半は私の顔を見ながら「此処に私達と同じ位の年齢の人が居るなぁ、この人は学校には行かないのかなぁ」と思って居るだろうと勝手に私は想徹して居ました。

 勿論、私と同期だった人とは、軽く会釈を交わしていました。山下美智子さんも勿諭通りましたし、たまに声も掛けてきました。その中に、凄く美人の私好みの生徒さんも通学されており一度でいいからその人に話掛けて見たかったのですがそんな勇気はありませんでした。

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