一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

実家に帰省

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実家に帰省

 そうする内に、御正月に成ったので私は御前十時頃の汽車に乗り、実家に帰省しました。

 すると母親は大晦目に来ると思い私用のご馳走を出してくれ「待って居た」と申しましたので「お母さん大晦目は遅くまで仕事をするので来ないよ」と云っていたのですが、母心と申しますか云ったことを忘れ支度をして居てくれたのですね。

 やがて御正月も十五日を過ぎ学校も残り少なく成って来ましたが、働くところも無く学費を如何して念出しようと迷っていたところ、丁度父が燃料用の薪にする為、十しきの木材を買い、其れを業者に頼み、鋸で三等分に切り分け、それを又鍼で薪ストーブの中に入れる大きさに割り、束ねて縄で縛り、積んで置いていく仕事がありまして、私は父に「その仕事を私にさせて、業者に払うお金を私に払ってくれないか?」と頼みました所「本当にお前が全部遣るのなら業者に払うも、お前に払うのも一緒だから良いよ、但し途中で止めたり誰かに手伝って貰ったりしないことが条件だ」と云いましたので私は「良いです。私が必ず遣り通し ます」といい薪割り台に木材を置き切り始めました。

 切るのは割と簡単でしたが割る段に成ると、木材がなかなか割れません、又十しきの薪を縄で縛り積み重ねると云う事は大変な量で、長さ十メートル商さニメートル位にも成る量でした。

 其れでも朝から夜暗くなるまで働き二十日間位でやり遂げました。雪が積もる事も有りましたし手が凍える事も有って大変な作業でした。

 手はバンバンに張りますし割れない木は鋸で切ったりしましたが、如何にもならない物が五、六本は残りましたが、見かねて龍人兄が内緒で手伝ってくれ、全部済まし父からお金を貰い学費を払いました。

 その後、二月の中頃、浜町に有った原理容店に働いていた川村君が「用事で三日間留守をするので、その間原さんのお店を手伝って貰えないか」との話が有り、しかも大変良い条件で(お客さんから頂く料金の五十パーセントを頂け、おまけに昼食まで付けてくれると云うので、私は喜んで行きましたが、後から考えるに一寸欲を出し過ぎ、未だ一人前の職人とまで行かないのにお客さんを物凄く早くに仕上げ、多少段がぼけて居ない状態で帰してしまいました。

 案の定先生が見かねて直されたお客さんも何人か居たと思います。でも三日間で一か月分の月謝を支払う事が出来私は助かりました。

 後で川村君が帰って来てから他のベテラン職人さん(女性で三十歳代位の人)から「先生が加納さんの刈った頭を直していたよ」と言われ、先生に「免許の有る一人前のしかも僕が無理に頼んだ人のした仕事にケチを付ける様な事をしたんですか」と文句を言って置いたから御面と言われ、私は何か悪い事をした様に思い反省しました。

 その後に、今度は幸子さんに頼まれ室蘭駅の傍で営業をしていた和田理容店で三日位働いて欲しいと頼まれ其処にも行きました。今度は、報酬の方は何も聞かずに三日間働きましたが一円も頂け無かったです。

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