一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

本店を二階建てに

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その頃のお店

 この様な生活を送っている最中、私が経営をしている支店に異変が起きました。と申しますのは先ず店に来ていた北海道銀行本店の部長さんからの情報で、道銀本店を南大通西四丁目に十階建てのビルを建築する事が判り、その地階に理容室を設けるとのことでした。

 私は、なんとかここにもう一店舗出したいと思い、一生懸命お願いし、一番目に最優先に入れていただくこと確約いたしました。然しながら具体的に営業をする段階になりますと、資金の問題が一番の難題となりました。

 私は一人では絶対無理だと思い、株式会社にして営業したらよいのではないかと考え、室蘭や又札幌に住む有力者と思える方々に声をかけ「ぜひ、投資をしていただきたい」とお願いして歩いたのですが、中々思うようにはいかず結局残念ではありましたが、断念する事に致しました。

 やはり、私が懸念した通り、昭和四二年に北海道銀行本店ビルが出来ると、道銀の客さんは「僕は、本店の中に理容室が出来ても必ず此処に来るからね」と言ってくれた人も居りましたが、やがて一人減り又一人減りで、等で段々来なく成り終には殆どこなくなりました。

 何せ、そこに理容室を造るには、敷金だけても六百万円必要で、其れに内装、什器・備品を入れると一千五百万位は掛かり、おまけに最終結論を出すのに、三ヶ月という期日が定められていたので、残念でしたがお断りいたしました。私が頼んでいた部長さんも大変残念がっていましたが仕方ありません。今思えば、道銀にお願いしたら幾らか貸していただけたかもしれませんが・・・・。

本店二階建てに改築

 その腹癒せも有り、本店を建て直し、一階を新しく理容椅子五台店としました。其の他に居間・台所・食堂・そして私達が寝る日本間として、二階には兄貴夫婦を初め、従業員が十人も住込める様に全部二段ベット付きの部屋数四つを作りました。

 尚、住込みの従業員は前から居た、鹿野実君・光ちゃん(藤木君の弟)そして新たに本店に、水戸部修一君・石川君(私の結婚式に司会をしてくれた島藤建設勤務の石川さんの弟)と女の子三人(愛ちゃん・時ちやん・佐美ちゃん)等を入れました。

 本店の外観と客待ち本店の新築には、三百五十万円位掛りました。(但し居間・私達の寝室・台所.風呂場の二階部分はお金が足りないので未造作の侭でした)そのお金は、私が毎月長銀のリッチョウ・ワリチョウと云った積み立てで貯めた壱百五拾万円を頭金にして、後はローン(その頃は未だローンとは云わず月賦と言っていました)で支払をしました。

 そしてこの家は当時大工をしていたスミ子の兄義和さん・芳幸さん・そして弟の豊君・義和さんの弟子二人で建てて頂きました。私達も手伝い縁の下にまで潜り鎖止めのペイントをしたり、断熱材を壁に入れる作業迄もしました。又店の内装では、私は良く義和さんと意見が合わなく、随分と揉めたことも有りましたが、そのお陰と言うか丈夫で立派な家に仕上がりました。

本店を二階建てに > 中村君の結婚

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