一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

江差の墓参りと邦光の就職

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江差の墓参り

明宏が未だ歩けない折に両親に頼まれ江差の墓参りに行った事が有りました。此処のお祭りは有名で北海道の人よりむしろ内地の人達に人気があり、普通江差の人口は一万人位の所、御祭りの当日は五万人の人出が有ると聞いて居ります。又江差追分も全国的に有名で、毎年此処で全国大会が開かれていました。家の先祖の墓は、江差の東本願寺別院の裏に有り、かもめ島が見下ろせる場所に建っていました。

江差に来る時は、朝早く出発し途中河原でお昼を食べ、ゆっくり着くようにしていました。父は何時も鉄口旅館という元同級生の宿を予約して、窓際の部屋に泊まりお祭りを窓から見ていました。

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邦光札幌大学へ就職

私の一番下の弟邦光が、東北大学を卒業、優秀だったので入学院まで出て、東北大学に残り助手・講師と成って居た折、札幌に岩沢と言うトヨペット他、色々な事業を手広く遣っていた社長が西岡に札幌大学を設立し、各先生を応募しており、東北大学にも其の話が来て、邦光に「如何か」という事に成り、私達に相談に来ました。

私は、本人が受ける学校でなく先生であるので、待遇の良いほうが良いのではないか、まして私立なので出世も早いと思うよ」とアドバイスをして居たでのすが彼は本当に札幌大学に就職したのです。

ところが、来て見ると先に視察に来て話を聞いていたのとは大変な違いで、社宅だけは大きな家で、土地も広く良かったのですが、先生達はいい加減でドクターの称号も持っていないのに有ると嘘の申告をしているし、先生達には個室を与えますと言っていたのに二人部屋だったり、おまけに生徒は余りにも出来なさ過ぎて、合格点に達しなく何度も追試を受けさせても合格点に達しない為、進級させないで置こうと思っていた様でした。

処が、他の先生に「此処は私立なので適当に進級させた方が良いですよ」と言われたりで、尽く尽く自分の理想とは懸け離れて行くばかりだった様で、其は腹立たしくやり場のない為だと思いますが、よく他の先生と喧嘩をしてきては眼鏡を壊して来たり、買ったばかりの洋服を破いて来たものです。

この頃彼は親・兄弟に世話になって、大学・大学院を卒業出来たと思っていたので、父は職場では少しでも長く勤めれるように、年齢を誤魔化して若く申告しておりました。この時代は、こう云う事も出来たのでしようね。我々兄弟も、それぞれ別に金額は設定しては居りませんでしたがお金を送金しておりました。

邦光は、両親を自分が看る者だと決めておりましたので、両親を食事の世話を兼ねて室蘭から呼んで一緒に暮らしていました。

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その時、学校の教え子にプロポーズをしたのですが「その子には彼氏が居るので、申し訳ないが家の姉とお見合いをして欲しい」と頼まれ、結局其の姉とお見合いをし、気が合い結婚する事になり、仙台に行く事に成りました。
 

江差の墓参りと邦光の就職 > 父の入院

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