一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

理容業への一歩

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理髪業への一歩

 当時、優兄の理髪店は、たいへん繁盛しており忙しい毎日でした。我々も「一宿一飯の恩義」の為にもお店の手伝いや家事の手伝いで、てんやわんやの忙しさでした。

 その中でも恵子姉は、手も器用でしたし愛想も良かったせいか、客のうけも良く、家事の方も兄嫁より上手でしたので、兄夫婦に当てにされていたのですが、年頃だったせいもあり、ダンスで知り合った室蘭工業大学に在学中の男性と親密な関係になり、遂には子供まで出来てしまいました。

 それを知った父は、一人娘だったこともあってか猛反対をし「中絶をしなさい」と許さなかったのですが、やはり女の子は可愛かったとみえ最後は、父も許し、二人を結婚させ優兄の所を出て行くことになりました。

 その後は、竜人兄と私が残ったのですが、竜人兄は全く手先が不器用で、床屋には向いていないと言われ、あてにもされず、おまけに北見中学校より栄高校一年に編入試験合格後、その勉強と部活(体育部のキャプテン)が忙しく、結局私が一番こき使われる羽目になり、毎日毎日家事とお店の手伝いをさせられるようになりました。

 唯一の救いは、学校が今までよりも近くにあり、五、六分で行けるようになったくらいでした。

 店は、朝六時から起きて掃除をします。冬は、ストーブ焚きから始まります。当時は沢山の種類のストーブがあり、石炭ストーブでも、塊炭ストーブと粉炭ストーブでは焚き方が違いますし、その他には薪ストーブでもオカクズストーブとコークストーブでも違いがあります。それが単純なようで大変な作業で、上手く焚けれるようになるのにかなり時間が掛かりました。

 お客さんの履くスリッパの整理整頓、当時は土足ではなく玄関で靴や下駄、草履を脱いでもらいスリッパに履き替えてもらう為、今度はそのお客が脱いだ履物を綺麗に並べなければいけません。その並べ方が悪いと、兄嫁の登美さんに「並べ方が悪い」と叱られ、何度も平手打ちをされます。

 お客さんが来ると「いらっしゃいませ。」、帰るときは「有難うございました。」と大きな声で挨拶をしなければなりません。声が小さいと叱られます。兄夫婦が、お客の髪を刈り終わる頃合を見計らってカップに髭剃り用のお湯を汲んでおかなければなりません。当時は、粉石鹸を入れた髭剃り用のブラシで泡立てるカップと、お湯だけを汲んでおくカップの二種類を用意しなければなりませんでしたので、慌てるとカップのお湯をこぼしてしまって又、叱られます。

 髪を刈る前には、刈布を下から上に静かに掛けます。刈り終わるとそれを、下から半分だけ持ち上げてたたみかけるようにして髪の毛が落ちないように静かに外します。床に落ちた刈り毛を箒で掃き、塵取りが一杯になると別の大きな容器に移し替える。お客さんが居ない時は、棚の上を綺麗に拭いて、お店全体を箒で掃いておかなければなりません。

 このような仕事を、学校から帰ってきてからや、休日の日にやらされておりました。この手伝いが、今思えば私の理髪業への第一歩だったのでしょう。当時、小学校六年生の時です。

 

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