一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

第一の勤め先

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第一の勤め先

 私は学費を稼ぐのに如何したら良いか迷って居る時でした。青年会で実技指導をお願いして居た中島町で、富士鉄(後から新日鉄と成る)の福利施設を営業して居た、藤井先生に認められ学校に通いながら住み込みで働く事に同意して頂きまして、九月の末から働くことに成りました。

 其処のお店は従業員女性が二人・男性が一人と先生ご夫妻が働いて居り、お子さんは二入と御婆ちゃんが居ました。前に幌別の大志田先生のお店と同じ様な感じの店でしたが、あれ程は忙しくも無く働きやすいお店でした。

 又其処の御婆ちゃんに大変可愛がられ、女の子達も青年会で馴染みでしたので直ぐに仲良く会話も出来ました。当時の青年会では、彼女達は私が静枝さんや幸子さんと仲良くしていたので自分達は盤外だと気を回して居たと見え「加納さんがこんなに親しみやすい気取らない人だとは思わなかった」と言われ私は別に気取っ居た訳では無いが他人にはその様に感じて居たのかと反省いたしました。

 毎日学校から帰ってから寝床の前に電気スタンドを付け学校の予習・復習をしてから寝て居ましたがある時如何しても理解の出来ぬ間題にぶっかり皆が寝ている間にご主人の所有して居た自転車オートバイ(三十CC位のエンジンが付いていた)を無断借用し、梅村君(彼は其の時、分御崎町に移転して居た)の家に行き判らない処を教えて貰い(矢張り定時制は四年制でも勉強は全日制に比較すると遅れていた)夜遅く成ったので(一時過ぎ)急いで帰らなければと思い近道を走りました。

 猛スピード(と言っても四十キロ位だと思う)で走って居ると前照灯に道路の舗装が切れジャリ路に成って居たので急ブレーキを掛けたところハンドルが取られ転倒自転車オートバイは壊れ動か無く成りハンドルも曲がってしまい、私も胸を打ち、痛いし両手も血だらけに成りました。

 それでも何とか中島町に着き、家の物置に壊れたバイクをしまって寝ましたが、何時間もしないうちに朝になり起きて布団をあげようとしましたが痛くて漸く何とか押入れにしまう事ができました。

 朝の食事の時に謝ろうかと思っていましたが、云いそびれ仕事に取り掛かりました。

 でも矢張り痛いものですから右手が上がらず仕事も漸く我慢をしなが続けて居ましたが、お昼に成り奥に入った時に、奥さんが「加納さん何処か痛いのでしょう」と言われましたので、無断で自転車オートバイを持ち出し壊したことを謝りました。

 それでも奥さんは「そんな事より貴方身体の何処か痛いのでしょう直ぐに整骨院(その時分は整形外科は有りませんでした)に行きなさい」と言われ、近くの整骨院行き診察をして貰ったところ「肋骨三本にひび割れが有るので湿布を貼り晒しをきつく巻き後は安静にしていなさい」と言われ、私も甘えて仕事を半日休み、学校も休みました。

 その次の日からは又、精を出し頑張って仕事に励みましたが、痛さは二十日間ぐらいは続きましたが、矢張り若さというものなのか、あんなにひっくり返り滑って両手が血だらけに成ったのに顔には全く擦り傷さえ着きませんでした。

 其の時から私は、もう絶対に内緒事はしないと自分に誓いました。

 十月・十一月と順調に仕事と学校の両立しながら居ましたが、十二月の冬休みに入る頃、札幌の兄貴から「暮は札幌に来て仕事を手伝ってくれ」と手紙が来ました。

 お店の主人に「暮れは札幌の兄の所に行かせて貰えないだろうか?」と尋ねましたら私を可愛がってくれていた御婆ちゃんが「貴方そんな虫のいい事が有りますか、暮は何処の理髪店でも忙しく猫の手も借りたい位のものだと云う事は貴方でも御承知でしょう。そんな暮れに暇を呉れというのなら今すぐにこの店をお辞めに成りなさい」と激怒されました。

 全くそのとおり、怒るのが当たり前です。兄貴も身勝手過ぎると思いますが、矢張り卒業後は兄貴達と一緒に暮して行かなければ成りませんので私は「無理なお願いをしまして誠に申し訳有りません」と謝りましたが、結局その店を解雇して頂き札幌に行きました。

 開店の時にも兄貴の店を手伝いましたが、札幌のど真ん中だと云うのに家の前の道路は雨が降ると長靴が埋まってしまう位ドロドロに成ります。

 しかも、水道もガスも付いては居なく、室蘭では私が小学生に成る前から水道・ガスは普通の住宅でも付いていましたし、道路もどんな小路まで全部舖装されていました。それに引き替え此処は凄く田舎みたいだなぁと思いましたが今更、仕方なく頭を洗うお湯は夏は店の洗面所裏に風呂桶を小さくした様な桶が付いて居り其処に水を入れ、前に釜が付いて居て其処に石炭を入れ燃やしお湯を沸かしていました。

 冬はストーブの後に付けていた銅固と云う銅で出来ていた湯沸かし器でお湯を沸かし、其れを大きな手作りのバケツで汲み揚げ、梯子の付いた桶に入れるのですが重いのと梯子を登り辛く何度も引っ繰り返し頭から服までビショビショになった事も何度かありました。

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