一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

高校の修学旅行

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高校最後の修学旅行

 その後、修学旅行が有りましたが学校側の計画では六泊七日でしたが、我々が企画した日程は如何しても七泊八日必要でしたので、無理をお願いし等々其の日程通りに実行しました。

 何せ当時は飛行機等とんでもない事ですし又、新幹線の様な早い列車も無い時代でしたので青森から京都まで急行でも十二時間も掛りましたので、其の位日程を頂かなければ京都・奈良・大坂・鎌倉・江ノ島・東京・日光に迄の行程は到底無理な話だったのでしょう。

 其れでも何とか許可を戴き実行する事に致しました。処がいざ出掛ける段階に成って私はボストンバックが一個しか無く如何してもお土産を買ってくるには足りないのでもう一個ボストンバックが欲しくてバレーの練習が終わった際に石岡さんに「誰かボストンバックを貸してくれる人が居ないかな?」と言いましたら彼女が「持っているので私が貸してあげる」と言ってくれたました。

 帰って来る際、京都で京人形をケース毎買いボストンバックに入れて、そのまま彼女に帰しましたが彼女はその時は中にそんな高価な物が入って居ないと思い扱いが乱暴でしたので私はガラスが壊れないか心配でした。

 後から彼女に聞きましたら「壊れては居ませんがあんな高価な品を頂いても良いのだろうか」と云いましたが「あれは私の気持ちでボストンバックを借りて行って良かったよ」と云いその後も彼女とは結構仲の良い友達でした。

 修学旅行の思い出は色々有りますが景色やお寺参りは省いて二・三お話します。先ず青森から乗った車両に食堂車が付いていましたが退屈な折には偶々食堂車に行き若い店員さんと仲良く成り色々話をしましたので彼女達が下車した新潟県位までは退屈しませんでした。

 帰ってからもその娘さん達と文通をした人も居た様です。只、私達を引率した若い先生が飲みすぎ羽目をはずして何処かの女の人に絡み付き、栄商校に迄連絡が行き途中で返され代わりの年上の先生が引率する事に成りました。

 今一つは、京都に着いて観光し宿に入ってからお土産等を買いに京極町に行った時其処の店員さんが我々と同じに定時制高校に行って居ると云われ、顔も綺麗でしたし、京都弁が我々には非常に良く聞こえ何とか友達に成りたくてその女の子が店を終えてから今で言うとデートに誘いだし、色々京都の話を聞きましたが私は名前も聞かずに分れました。

 友人の中には矢張り文通を始めた人もいた様です。(今ですと携帯電話でメール交換等をした事でしょう。)何せ其の頃は京都までは外国に行く様な物でしたので長距離恋愛等お呼びも付かない時代でした。

 もう一つは(私にとっては大事件でした)と言うのは京都で出して貰ったお弁当を大坂城見学をして、其処のお庭で戴いたのですが其の後、道頓堀を見学し催か四時間半位で奈良に行き旅館で食事をした後はトランプ等をして居た最中に仲間が次々に腹痛を起こし丁度我々の仲間に日工病院の看護婦さんが三人届りまして注射等を持参して居たので直ぐに手当てをしてくれ、次々と治っていったのですが、夜になり寝る頃に私が一番最後に発病し、夜中中トイレに通いましたが次の日も治まらず結局私ともう一人だけが皆と行動を取れず旅館で寝て居ました。

 今の時代ですと、食中毒で大騒ぎになったと思いますが旅館側に言わなかったのか全然騒ぎもしなかった様です。それにしても我々二人の性でスケジュールも多少変えて行動した様ですが、私はお昼頃まで完全にダウンしていましたがもう一人の方は私より早く元気に成り何か食べていた様です。

 次の日は私達の性で予定を変更し、何処かに行ってきた様で其のあと又京都に戻り其処から東京へ出発したのですが、汽車は満席でしたが私の為に席を譲って貰い、お陰様で私だけは座って行く事が出来ました。東京までの間に何処かは判りませんが途中で下車したので、其処の駅近くのお店で生卵を一個買い(ごっくん)と飲みましたらあんな美味しい卵は今まで食べた事が無い位美味しかった感動で急に元気が良く成り、其れからの行動は皆に迷惑は掛けずに済ました。

 あと一つは、東京での事ですが見学を終へ、夕食後寝る時間に成り皆が寝静まった頃を見計らい私が一応部屋の責任者でしたが、こっそり部屋を抜け出し夜の浅章(当時は浅草が一番ヤクザ等が多く危ない場所でした。)に行きロック座でストリップ劇場に入り見学しましたが、当時のストリップ劇場は裸にも成りまずが手品・お笑いコント・目本舞踊等が豊富に有り楽しかったです。

 又、私が若いアンチャンの性か親切にお兄ちゃんもう少し前に行きなさいと、私を回り舞台の傍にまで誘導してくれました。ストリップ嬢が裸には成りましたが、最後は大事な所はカーテンで隠し、後ろへ回って行き其れで終わりと言ったあまり卑猥な行動はありませんでした。

 その後、少し繁華街を探索し後はハイヤーに乗り上野迄帰って来ましたが、旅館が分からず結局駅まで送ってもらい其処から歩いて漸く旅館を見つけ無事に皆に判らずに済みました。とても楽しい思い出です。

高校の修学旅行 > お店の立ち退き

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