一人の理容師の人生を語った「自分史」です。「ヘアーサロン加納」

高校四年の思い出

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高校四年の思い出

 先ず高校四年生に成ってからも相変わらずバレー部とコーラス部は一生懸命に通い練習をして居ましたが此のバレーの練習に 一年生に入ってきた石田光子さん(仮名)と言う人と仲良く成り、彼女に色々バレーのコーチをしたりしていましたが、三歳も年下の女生徒とは初めて付き合ったものですから何となく妹が出来た様な物で可愛いく思い、彼女の人生相談や私の経験等を話し合いしたものです。

 彼女は梅村君と同じ場所に住んでいる国鉄(今のJR)に勤めていた人の娘さんで、梅村君は良く彼女の事を知って居た様です。

 矢張り四年生に成ってからも今年の大学受験用の試験用紙が届けられ私達もその間題に挑戦しましたが私は矢張り室工大以外は手も足も出ない状態でしたが中には北大や小樽商科大学等に合格するだけの学力の有る人も居ました。

コーラスの発表会

 四年生に成ってから今度は、コーラス部が定時制の男子のみと、女性のみだったのが全日制の生徒さんとの混制コーラスを設立し猛練習を経て、間もなく清水ヶ丘高校で行われたコーラスタ大会にも出席しました。

 その時、行く道で吉田美子さんと偶然会い「お早う御座います」と挨拶をして「一緒に歩いて話をしても云いですか」と云いましたら「良いですよ」と言ってくれまして清水ヶ丘高校に着くまでの間少し話が出来ました。

 帰りは仲間達と一緒に帰宅したので吉田美子さんとは其れ以来合っても軽く会釈ずる程度でした私も初心でしたね・・・・。

 秋に入り洞爺湖で二回目の全道コーラス大会に出席し良い成績を収めました。其れは賑やかで行きも帰りも汽車の中で女生徒と我々定時制の男子達が一緒の汽車で隣同士に座って話しが出来たのですから、はしゃぐのは当たり前ですね。

 コーラスが終わった後からは、バスの時間までは全目制の女生徒達と洞爺湖でボート乗りをして遊び、色々話をしましたが私のボートに乗った人の中に栄高校の教頭先生の娘さんが乗って居ましたので余り色っぽい話は出来なく一寸残念でした。

 でも帰りの汽車の中では、隣同士で女性徒が三人も私の傍に座り恋の話などをしましたが中には可なりませた口を訊く女の人も居りまして「私は同級生の男の子には全く興味はなく矢張り年上でなくては話に成らない」と言う人が居ましたが、顔だけ見ると締麗な人で真面目そうに見えましたが、その後妻子の居る体育の先生と駆け落ちをしたそうですので矢張り相当ませた生徒さんだったのでしょう・・・・。

 コーラス大会も終了したある日、梅村君に「登別から温泉までのハイキングに一諸に行かないか」と誘われ私も温泉で幸子さんが働いて居るので一度訪ねてみたいと思っていたので直ぐに「良いですよ、但し私は帰りは遅くなるので一人で帰って」と頼みましたら、彼は快く承諾してくれましたので二入で汽車に乗り登別駅で下車し歩き始めました。

 温泉まで丁度半分位行くと、クッタラ湖へ行く道が有り其方の方に曲がり進みました。やがてクッタラ湖が見え少し霧が掛り幻想的な景色でした。

 梅村君は盛んにカメラのシャッターを押しまくって居ました。其処で暫く休み、お昼ご飯の御握りを食べ(其の頃はボートも無く人影も全く無く静かな湖で気持ちが良かったです。

 暫くして其処から又、山並に歩き辺りの景色を眺めながら温泉まで行きましたが結構な距離は歩いたと思います。暫く歩くと眼下に温泉街が望め上から覗く温泉街は初めてでしたが結構おつな物です。

 温泉に着いた時はもう少し薄暗くなって居ましたので彼とは其処で別れ私はグランドホテルの理髪室に行きました。

 すると幸子さんは驚いていましたが、お客さんも二・三人待って居て理髪椅子が二台有りましたので私はお客さんを座らせて調髪をしてあげながら彼女と色々話をして、結局二人のお客さんの頭を刈りました。

 其の後、彼女の働いて居るお店に行き夕ご飯をご馳走に成り、最終バスで登別駅に帰りましたが帰る時には恋人同士が別れる様な錯覚さえ覚えました。彼女も又後から文通の中でその様な事を書いて来ましたので満更でも無かったのでしょう。でも未だその時は静枝さんの事が頭に残っており如何しても他の人を好きに成る事は出来なかったのです。

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